子どものしつこさにイライラしたときに見えた 私の「執着心」の正体
子どものしつこさにイライラしたときに見えた
私の「執着心」の正体
「3回だけだぞ!」
そう言って、私は息子のババ抜きに付き合いました。
最初は少し面倒に感じていましたが、
やってみると意外と楽しいものです。
しかし、約束の3回が終わり、
「もうおしまい」と伝えると――
「えー!もう1回やろう!」
「今日はここまで!」と断ると、
「なんで?」を繰り返し、
ついには私の脚にしがみついて離れません。
「やめろー!」
思わず怒鳴りたくなる衝動をこらえながら、
心の中で叫びました。
「そんなしつこくしたら、嫌われるだろ!」
その瞬間、ふと気づきました。
――この「しがみつく感じ」、
どこかで見たことがある。
それはまさに、
学生時代の自分でした。
執着とは「心の中で相手をぎゅっと掴んで離さない状態」
学生時代、憧れだった彼女と付き合えることになったとき、
私は舞い上がっていました。
「やっと付き合えた」
「絶対に別れたくない」
そんな気持ちでいっぱいでした。
でも、その想いが強くなるほど、
私は彼女にしがみつくようになっていきました。
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LINEの返信が遅いと不安になる
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週末の予定が決まっていないと落ち着かない
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楽しそうに友達と話している姿を見るとモヤモヤする
彼女のことが気になり、
何度もLINEを送り、会う時間を増やそうとしました。
その結果――
彼女は少しずつ距離を取り始め、
最後には
「ちょっと重いかも」
と言って、別れを告げられました。
あとから振り返ってみて、
「女の子の“ちょっと”は、全然ちょっとじゃない」
ということに気づきました。
あの頃の私は、
大切なものを落とさないように必死で握りしめている人
だったのだと思います。
強く握れば握るほど、離れていく
彼女の気持ちを、
手の中にしっかり握っていないと不安でたまらなかった。
でも、
強く握りしめれば握りしめるほど、
彼女は窮屈になり、
最後には手のひらからすり抜けていってしまいました。
目の前の息子は、
「もう1回やろう!」としがみついています。
かつての私は、
彼女に「もっと一緒にいたい」としがみついていました。
私は息子のしつこさにイライラしましたが、
それは過去の自分を見ているようで苦しかった
のかもしれません。
執着が生まれる理由
執着とは、
**「外側の何かに心をしがみつかせてしまう状態」**です。
溺れそうなときに、
何かにつかまろうとするように、
心の支えを求めて、誰かや何かに必死でしがみついてしまう。
その背景には、こんな心理があります。
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失うことへの恐れ・不安
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「私は大事にされる価値がないのでは」という自己否定
-
過去の心の傷や安心感の不足
執着しているとき、人は
自分の価値を外側に預けている状態
になっています。
恋愛で言えば、
「この人に愛されているから、私は価値がある」
と思い込んでしまう。
だからこそ、
その愛を失うことが、
自分の価値がなくなることのように感じて、
手放せなくなるのです。
執着を手放すために大切なこと
① 自分の心の声を聞く
執着しているとき、
人は「目の前の出来事」ばかりに意識が向きがちです。
たとえば、
LINEの返信が遅いと不安になり、
「なんで返してくれないんだ?」と何度も送ってしまう。
でも、本当に欲しかったのは
LINEの返信ではなく、
「愛されているという安心感」
だったりします。
カウンセリングで掘り下げていくと、
その奥に
「自分は愛されないのではないか」
という不安があることに気づきました。
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幼少期に親の関心が薄かった
-
いい子でいないと認めてもらえなかった
-
過去の恋愛で突然振られた経験
こうした体験が、
「また見捨てられるかもしれない」
という恐れを生み、
執着につながっていたのです。
② 相手を自由にする
執着しているとき、
私たちは無意識に
「相手を縛ることで安心しよう」
としてしまいます。
でも、本当の愛は
自由の中で選び取られるもの。
手のひらに乗せた砂は、
ぎゅっと握るとこぼれ落ちます。
そっと開いた手のひらの上なら、
自然と残るものもあります。
相手の気持ちも、
きっと同じなのだと思います。
おわりに
執着は、
無理に手放そうとすると、
かえって強まることがあります。
でも、
自分の心の声を聞き、
自分の価値を自分で受け取れるようになったとき。
「私はもう大丈夫」
そう思えた瞬間に、
自然と手が開いていくのかもしれません。
あなたにとって、
**「気づきの瞬間」**は
どんなときに訪れるでしょうか。